undefined MIKEGRAPHY(三毛駆楽風慰) 会津旅行

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会津旅行

まんまとシルバーウィークを満喫しちゃってる今日このごろですが、日帰り旅行に行ってきました。

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…というわけで、会津若松に行ってきました。
東日本大震災があってから、仙台と盛岡には行ったのですが、実は福島に行くのは初めてで。
なかなか福島って行く機会がないんですよね、仙台なんかよりもずっと近いのに。
で、なぜ今回この時期に福島に行ってきたかというと、現在、ここ企画展示で、蒲生氏郷を取り上げているからです。
藤堂高虎と並んで私の大好きな戦国武将のひとりが、この蒲生氏郷です。
彼は織田信長の娘の冬姫を妻にもらい、信長の親族として名を連ねていた人物で、眉目秀麗、頭脳明晰、勇猛果敢な人物だったそうです。
そして利休七哲のひとりに名を連ね、高山右近と同じくキリシタン大名となった人。
当然、信長亡きあと天下の覇権を握った秀吉から恐れられ、嫌われて(なんなら毒までもられて)会津に飛ばされ(一応名目は伊達政宗の監視役ですが)ましたが、でもその会津に七層天守の鶴ヶ城を築城し、街割をし、経済産業を発展させて、後まで続く会津若松の土台を築いた人物です。
会津にきた殿様って、案外悲劇的な人が多いですよね。
蘆名氏に始まり
伊達氏(芦名を滅ぼして会津を手に入れたが、北条討伐に遅参した、といういちゃもんを付けられて領地召し上げ)
上杉氏(関ヶ原までは52万石の大大名でしたが、その後家康によって米沢転封)
蒲生氏(氏郷を始め子供も孫も夭折。蒲生3代で会津統治は終わる)
加藤氏(治めだれなくて藩を幕府に返上)
保科氏(2代将軍秀忠の弟。保科正之が統治。本人は相当本家に嫌われたので、ねじ曲がって絶対の幕府への忠誠を誓わせる)
松平氏(幕末会津動乱に巻き込まれたのは保科氏のせい(笑)藩は斗南へ。苦労しまくった時代を過ごす)

…会津ってなんかある?(笑)

まあそんなこんななわけですが、話を蒲生氏郷に戻します。

現在の会津若松の町割りの殆どはこの氏郷統治時代になされたもので、その後多少手は加わりますが、お城もずっと同じ場所にありました。
会津漆器、会津の清酒。そのようなものを奨励し、産業を発展させたのもこの人です。
にもかかわらずほとんど資料がないのは、当人が朝鮮出兵だとかなんだとかで国元にいないことが多かったためでしょうね。それにコンプレックスのかたまりのような秀吉に嫌い抜かれて、資料もあまり残ってないんだと思います。
それでもとりあえず、この場所に大阪城のような七層の天守があったそうです。
石垣も野面積みの荒いのがよく残っていて、こんなにじっくり会津若松城をみたのも初めてな気がするわけです。

そして初めて、といえば。

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その蒲生氏郷のお墓にも行ってきました。
会津若松市役所のすぐ近く、繁華街の裏手にひっそりとそれはあって(そもそもお寺がかなり規模を縮小されていた感じでした)人もあまり来ないんですかね。
ここには遺髪があるだけのようですが、それでも大きな五輪塔が立っていました。
北日本最初のキリシタン大名なのに五輪塔、というのもいかにも彼らしいな、と思うわけですが、やっぱり会津は松平と幕末がメインなんだな、と改めて思いました。
でも、氏郷はここで信長の楽市楽座のような『十座』という市を設けていたりもしたそうです。
ただの坊ちゃんじゃなく、良き治世者であったことも伺えます。

お天気もよくて非常にいい旅でした。

でも市内の街中に大隈町や双葉町の仮設移設地、の看板があって、それが福島の今であり現実であるんだと、改めて実感しました。
震災から4年以上が経過し、震災の復興にも本当に地域格差が大きく出てるんだな、と改めて実感してきました。
震災被害、というとどうしてもそれこそ宮城とかあっちのほうに目が行きがちですが、本当に大変で、本当に復興が遅れているのは福島のほうなんだということを実感してきました。
その復興事業の一貫で『ARASHI BLAST in Miyagi』が開催されているわけですが、会津若松にもブラストグッツを持った人が何人もいました。
そこから東京に戻る、という話をしていた人もいるので、仙台から福島で遊んで帰る人なのかな、と。
でも、それこそが大事なんじゃないかな、と思ったわけです。
そうやってちゃんといろんな意味で被災地のことを忘れないでいて、たとえ日帰りの観光でもいいから東北を訪れて、遊んで帰ることも、大事なのかな、と。
忘れとことと忘れないことの溝は深くて遠いけれど、きっとどこかで埋められる場所はあって、忘れることも忘れないことも、どちらも大事なんだと言える時がくるのではないかな、と思いました。

そうそう。
駅からちょっと行ったところにおいしいベーグルのお店があったし、おしゃれなカフェもありました。
結構素敵に整備されてるし、だけどまだまだ見てないところもたくさんあるので、また会津にも行きたいですね。
行けば行くほどに発見がある。
旅はするめのようなものです。
かめば噛むほど、味がでる、みたいなね。
だからまた、行きたくなる。
だからまた、旅にでる。
電車に乗って城にいく。

いい秋の1日でした。

そうそう。
初めて目の前で動いてるこの方にもお目にかかりましたとさ。

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撮り鉄が群れる気持ちがよくわかりました。
これははまるわな、だってこんなにかっこいいんだもん。
力強くてどきどきしました!
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あきよ

Author:あきよ
中世日本史研究家。
マスターズスイマー。
出会う人に笑顔と勇気と力を与える存在。

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