undefined MIKEGRAPHY(三毛駆楽風慰) 徳川の城

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徳川の城

江戸東京博物館に『徳川の城』展を観に父と行ってきました。
んー、今年は父と一緒によく出かけてるなあ。映画に行ったり旅行に行ったり。
別に自発的に父を誘っている、というのではないわけです。今日なんかは母が『ねえ、お父さん連れてどっか出かけてきてよ』というわけですよ、私に向かって。
それで一緒に映画に行ったりしている、というのが本当のところ。
これさ、この夫婦さ、もし私がいなかったらどうしてたんだろ。ってか私が家を出てた3年だか4年だかのあいだって、いったいどうしていたんだろうかと思うんですよ。
まあそのころは、一緒にゴルフ行ったりしてたみたいですけど、どこをどうなるとこういうふうになるのだろうか、と娘ながらに思ってしまうわけですよ。
んで、互いにいろいろ不満もあるのにそれを相手に直接言わない。
言わないことがまあまあ微妙に(笑)うまく行ってる秘訣なのかもしれないですが、それを互いに私に言ってくる。
んで、私がそれぞれにそれとなく伝えるって…私は伝書鳩か!っての。

…という話はまあいいとして、徳川の城の話ですよ、ええ。

今回は関ヶ原の合戦の後、徳川家康が豊臣家の監視のために建てた城を『徳川の城』とし、それを設計図を公開して当時の城とはなんだったのか、と、徳川家康のビビり具合を感じよう(笑)という企画展です。
もうね。
天下普請の築城具合がさすが天下一のビビリスト、徳川家康、という感じです。
しかしながら、それが日本の建築や土木の技術を高めたこともまた真実。
そして何よりこの天下普請、といえば、藤堂高虎ですよ。
名古屋城の普請も江戸城の普請も膳所城の普請も、この人なくして語れない。もっともそのことはほとんど触れられてないのですが、私は江戸城図面の中に書かれた『甲良』の文字に高虎様をみていたわけです。

この人こそ、現在の建築会社社長さんですよね。
甲良大工や粉河大工、石工の穴太衆を束ね、自分の配下とし、仕事を高虎社長(笑)自ら取ってきて、各大工や石工、庭師などに振り分けて作事をさせて、評価を上げて、また各地での仕事をもらえるようにする。
それまでバラバラに仕事をし、仕事があったりなかったりしていた大工や石工に定期的に仕事をしてもらうことで経済的に安定させ、それによって国を豊かにする。
農作業の土木工事に生かし、石高をあげる。
そうやって刀を置いても誰もが生きていかれる国を作ったのが藤堂高虎だと思うし、その才能を見つけたのが徳川家康だったから、外様なのに藤堂家30万石を築けたわけですし、なんなら幕藩体制の基礎を築いたのもこの人なら、公武合体をやったのもこの人ですからね。
ちなみに福岡黒田家の最後の藩主は、津の藤堂本家から養子に行った方ですからね。
思えばすごい人です。
君主をいろいろ変えた人でよく言われない人でもありますけど、それでも私はこの人を尊敬していますし、大好きです。
一枚の図面とひとりの普請とたくさんの城から、いろんなことを感じることのできる展示会でした。

その後、浅草でお蕎麦を食べて久しぶりに浅草寺にも行ってきましたが、まあ噂通りの外人さんばっかりの浅草でした。

日本語聞こえないでやんの(笑)

なんかこの前の嵐にしやがれの翔さんになった気分でしたわ。
でもやっぱり浅草の空気が好きでした。

いい休みになりました。
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あきよ

Author:あきよ
中世日本史研究家。
マスターズスイマー。
出会う人に笑顔と勇気と力を与える存在。

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