undefined MIKEGRAPHY(三毛駆楽風慰) 関西旅行2013その2

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関西旅行2013その2

今年の関西旅行の日記は、まあちまちまのアップしていこうかな…と。

そんなことやってる間に年が明けたりしてね(笑)そこまでならないように頑張りますが。

…そんなこんなで伊勢神宮外宮でいきなりの雷雨にあい、ところがそれがかなりあっけなく止んでしまったので、まあそこからは蒸し暑いことこの上ない。
とりあえずそこから近鉄特急に乗って(これに乗りたかったのも半分はある…)一路大阪へ。

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勝ち組の景色!

まあね、わざわざ『お城のみえる部屋』っていうことで予約したわけですから、見えて当然なんですけど、こんな景色が窓の外に広がっているなんて思いもしませんでしたよ。
窓の外のばばーん!と大阪城。
まあ、復元天守はどうでもいいです。
石垣がずらーっと並んでいるのを見られるなんて、窓いっぱいに石垣が並んでるなんて、そうそう見られるもんじゃないですからね。
もうね、私はこれをみた瞬間に勝ち組だと思いましたよ(こんなもので勝ち組だと思える私はなんておめでたい人間なのだろうか…)
もうね、これみながらにやにや。
しかも夜はライトアップされている。
なんなら夏は入場料が割引だ。(だから天守はどうでもいいんだが、でもやっぱりそこに天守がある限り、登ってみたくなるもので)

ところが、とにかく大阪はこの後もずーっと雨でして。

この日の夜、ホテルから歩いて行かれる大阪城ホールでNEWSのライブがあってそれに行ったんですけど、ちょうどライブ終了時間にホールの外がゲリラ豪雨になっておりまして、危ないから外に出ないように、ということになりまして、まあ事実上ライブが30分延長ってなわけでして。
それはそれでいい思い出です。

現在の大阪城は知っての通り、徳川時代のものでして、まあ石垣もそうだから結局天下普請として工事が行われ、おかげで石垣のあっちこっちにその証が残っているわけだし、それを見て江戸時代初期に思いを馳せるのが楽しいわけですけど、でもやっぱり豊臣時代の石垣はどうだったんだろう、と思ってしまうわけですよ。
秀吉自身はあまり好きじゃないけど、でも目の前にある大阪城の前の大阪城はどうだったんだろう、どういう石垣をしててどういう縄張りをしていたんだろう、というのはすごく気になるわけで。
確か豊臣時代の大阪城には藤堂高虎も関わっているし、黒田官兵衛も関わっていたはず。
ってか官兵衛そのものが縄張りに関わってたんじゃなかったっけ?
徳川時代の大阪城の普請は高虎が一手に引き受けていたのは知ってるんですけどね。
なんたって国持大名ですから。
外様の最高官位の大名ですから。
徳川幕府の基礎を築いたのもこの人ですから。
高虎は城作りだけじゃないのよね…と思いながら文献を読みあさる今日このごろですが、それでもやはり高虎が関わった城はどこも魅力的なわけですよ。
などと思いながら3日間を過ごしてました。

朝起きて城。
ごはん食べて城。
出かけて近くでそれを眺め、帰ってきてまた窓から城。

もうね

めっちゃ幸せでしたわ。

今度また城のみえるホテルとか、泊まってみたいな、と思いました。

今度は姫路城とか?←また姫路行くんかい、その前の来週名古屋だろ、自分!

…そう

来週城がらみで名古屋に行く予定なのです。

しかも日帰りで(笑)
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Author:あきよ
中世日本史研究家。
マスターズスイマー。
出会う人に笑顔と勇気と力を与える存在。

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