undefined MIKEGRAPHY(三毛駆楽風慰)

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ウーマンズ・スイム・フェスティバル2015

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マスターズ水泳秋シーズン(個人的に)開幕です。
今週の2週間後、さらに2週間後、と大会が続きますが、長距離シーズンを前にしたチャレンジレースです。
自分がどれだけ練習できてるかをしっかり見ながら、頑張っていきたいと思います。
んで。
今月は千葉国際総合水泳場にお世話になります。
今回はウーマンズ・スイム・フェスティバル2015に参加してきました。
相変わらずこの大会と埼玉県マスターズが重なっているのですが、今回は県マスよりウーマンズを選びました。
なんたってこっちは公認大会だし、メンバーが楽しいから外せないのよ、というか久しぶりに参加して、こっちにしておいてよかったな、と正直思っております。
だってこっちだったらアッププールもあるし、いつもわいわいやってる友達もいるし、しかも今回は偶然だかなんだか知らないけど、同じ種目にその仲のいいメンバーが揃ったし、メダルもらえるし。

7月のジャパンマスターズの時にやっぱり同じ200m個人メドレーに出てた連中がほとんど一緒だったら、また一緒に写真撮影してました。
こういうのがね、楽しいの。
そして、楽しくレースに参加するためには、ちゃんと練習しないといけないよね、と思わせてくれるメンツでもあります。
楽しむのが一番ですしね、大人の部活は(笑)
それに、会って話すと元気をもらえる人もたくさんいるし、『元気になれるよ』って言ってくれる人もいるし。
ただただ競技をするだけじゃなく、こういうわいわいやる感じがいいんですよね。
今回もそうだけど、どこの会場でもひとりで行っても、ほぼ誰か知り合いが来てるし。(今年の松山も去年の盛岡もそうだった)みんな本当にいい人たちです。
これからも健康で練習して楽しくレースに参加できるようにしていきます!

んで、レースの結果なのですが、残念ながら7月のリベンジならず(笑)
ただ前半100mはタイム的に超理想的な展開でした。
これを後半維持できないのが弱いところ。
特にラストのFrは目標3秒落ちでした。(ここは確実に40秒では最低でも泳がないといけないところ)
後半のBrとFrをしっかり目標タイムをキープ出来るようにするのが課題ですね。
ただ、自分ではそんなに前半飛ばしてた感覚もないし、後半落ちてた感覚もないんですよねえ…トータルタイム的の時間感覚がジャパンの時と同じだからかも知れないですが、とにかく気持ちのいいレースではありました。
木曜日まであんなにバタフライで苦しんでたのがまるで嘘みたいにすごく軽かったし気持ちよかったです、という感覚にあるオーバーペースだったのかもしれません。
ただ、Flyをあのタイムで泳げて、Ba までタイムを維持出来てる、ということは、そこまで乗り切れる力はついてきた、ということなのかも知れないし、もうちょっと練習したら、今度はBrまでちゃんと泳げるようになるかもしれない。

まだまだ練習頑張ります!
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鉄砲組百人隊奉納出陣

日曜日に新大久保に行ってきました。

2年に1度の鉄砲組百人隊の奉納出陣が行われるのですが、今年がその年だったのでそれを見るために。

…という本題に入る前に、どうしても書いておきたいことがありますので、それを先に書きます。

私がこの奉納出陣のことを知ったのは今月の13日でした。
出陣の出発点である皆中稲荷が東京グローブ座と総武線の大久保駅の間にあり、そこを中心にたくさんの幟がたっていたことで興味を持ち、この出陣を知りました。
13日は何かというと、私が慶ちゃん主演舞台『グレート・ネイチャー』を最初に観劇した日でした。
そして上にも書いた通り、この奉納出陣は2年に一度しかありません。
つまり、今年のこの時期にもし慶ちゃんがグローブ座で舞台に立っていなかったら、私はこの2年に1度の出陣を見ることができなかったわけです。
昨日のブログにも書いた通り、実はその27日、私は舞台をみることはありませんでした。
でも、たとえみなかったとしても、中世日本史好きの私への、慶ちゃんからのプレゼントだったんだと思っています。
舞台を見られたことそのもの、そして奉納出陣を見られたこと全部を含めて。
慶ちゃんが『なかなか見られないんでしょ?見ておいでよ』と言ってくれたような気がしていましたので、ありがたく見せていただいたわけです。

さて、話を本題に戻します。

なぜ新大久保で鉄砲なのか。

ここです。

今でこそ新大久保といえば韓流のお店がずらり!というイメージですが、江戸時代には、現在の山手線新大久保駅と中央線大久保駅に挟まれたエリア(つまり東京グローブ座のあるあの一帯ってこと)は、徳川将軍家直属の鉄砲隊が定住しており(ちなみにこの辺りはかつての江戸城外濠すぐ近くにあたります。そして別に本当に百人住んでいたわけではなく、百人、というのは要するに『たくさん』的な意味になります。むかしは職業ごとに住むエリアがだいたい決まっていたわけですね)現在の百人町の地名の由来にもなりました。
また、出発地の皆中稲荷神社は、漢字の意味を考えると、『(みなあたる)すべて当たる』という意味にもとれることから、『狙ったところを必ず撃てる』と鉄砲組に大変信仰された神社で、現在は勝負事の神様的な存在にもなっております。

ここで使われている火縄銃はすべて本物、つまり江戸時代からそれ以前のものです。

鉄砲隊が鉄砲を撃つのには、指揮役の侍や玉薬方、と言われる火縄銃に火をつけたり弾薬を補充したりする人も必要で、しかもとにかく手間がかかる。あれを戦に用いるには確かに大量の火縄銃がいるし、熟練の業もいる、少数では合理的ではない。
長篠の戦で、織田信長は大量の火縄銃を効率よく的確に使いこなし、武田軍を破った。ってことは、どんだけ当時の織田家は経済力を持っていたんだ(火縄銃の数だけではなく、それを使う兵士を養うだけの経済力も必要になるわけで)と改めて思いました。
ああ言うのは、やはり見ないと分からないものですね、何でも経験してみなくちゃ分からない。
改めてそれを実感しました。

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でもやっぱり間近で初めて見た火縄銃の実射は迫力がありましたよ。
ああ、こうやって昔は戦っていたのね、ってすごく思いました。

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なかなか本物の火縄銃をこんなに近くで一度に大量に目にすることもないですからね。それだけでわくわくしていました。
しかもこれを打つ鉄砲隊のみなさんも当時の出で立ちで打つわけですからね、鉄の胴あてが非常に重いとおっしゃっておられました。
こういう伝統を残すのはとても大事なことだと思うし、こういうことを実際そういう人たちが暮らしていた場所で行うことに、とても意義があるんだと感じました。

そしてぐるっとめぐって。

こういうのを見るチャンスを遠回りながら与えてくれた、小山慶一郎さんに、感謝。

東京での『グレート・ネイチャー』千秋楽の夜に。

お疲れさまでした、慶ちゃん!

嵐とカレーとスーパームーン

私は本名に『月』の字がつきます。
そのおかげかどうかは定かではありませんが、12月の嵐のライブに今年は見事に当選しました!
2年ぶり、ですかねえ、嵐のライブに行くのも。
去年のライブはハズしたし、今年のわくわく学校も(そういえばワクワク学校なんて何年行ってないことか)宮城のライブの外したし、番協は当然ながら当選するはずもなく。

仕事が終わって帰る途中でメールが届いたのですが、思わず、立ち止まって天高く拳を突き上げてしまいました。

今度のライブはスイマー仲間のお友達とそのご主人、そして私と私の元相方の4人で行くことになりました。
特にお友達のご主人が『冥土の土産に一度くらい嵐のライブに言ってみたい』と言っておられて、そのご主人とお友達を東京ドームに連れて行ってあげられるのがすごく嬉しいです。
今回は全員40歳以上の4人組、めっちゃ平均年齢高いですね(笑)
でもそうやって定年間近な男性の方でも行ってみたい、と思わせる嵐さんがすごいのだと思っています。

今から、12月が楽しみだなあ…。

今年は本当にJFC名義とか抽選とか、要するに自分の名義がいろいろと良く発動してくれた年になりました。
水泳のほうは毎年ドキドキの1月のCMCに当選してたし、11月の長距離大会の抽選も当選しました。
NEWSさんの名義は福岡ライブと東京ドームライブが当選して、先日は小山君の舞台の抽選も1口ではありますが当選しました。
一般の先行抽選も希望通りの日程で当選しましたしね。
そうそう。
先日松江城の城攻めイベントの先行発売があったのですが、それも当選しました。
当選しなかったのは嵐さんのワクワク学校と宮城のブラストかな。でも結局ブラストは行かないで正解だったと思ってるし、そもそもその日程って慶ちゃんの舞台のJFC枠当選してたわけだけら、それって絶対慶ちゃんの舞台に行きなさい、むしろそっちでしょ?っていう神の啓示だったと思うんです。
んで。
実は昨日、慶ちゃんの舞台のチケットが取れていたのですが、元相方が遊びに行こうと誘ってきたので、そのチケットを小山担の今回の舞台を1回も見てないっていう方にお譲りしたんです。
そしたら、嵐の当選がきた。
つまり慶ちゃんの舞台が当選したときと真逆のパターンが来たのです。
今度はきっと嵐のライブに行きなさい、という神の啓示だったのでしょう…しかも名前の入る『月』が大きく満ちて光をたくさん放つ日に。

こういう啓示って本当にあるんですよねえ。
だから最近はそういう人生の気流の流れ(?)みたいなものには逆らわないようにしています。
27日に元相方が誘ってきたのは、慶ちゃんの舞台を観に行かれていない人に譲りなさい、という意味が含まれていて、その流れに乗ったことで、嵐のライブを引き寄せた。そしてその嵐のライブに私は元相方を誘っていた、と。
あるんですよね、こういう奇妙な一致って。
こういう流れを大事にしていこうと思っています。
なんなら、27日に慶ちゃんの舞台チケットをお譲りしたことで、私は熊本城おもてなし武将隊さんに会えたし、なんならツーリズムEXPSOで嵐さんの大きな写真を撮影してきたわけです、JALのブースの人と仲良くなって『どうぞどうぞ、写真撮影してってください』って言われて。
もうその時点で、私は嵐さんに呼ばれたいたんだろうな、と今更ながら思っているし、だとしたら、慶ちゃんの舞台に行かなかったのの東京ビックサイトに行ったのも全ては必然だったのかもしれないな、と思います。

そしてスーパームーンは嵐さんと同時に、夕食に大好きでここのところずっと食べたいなーと思っていたカレーライスまで引き寄せてくれたのです!
これはもうびっくり!としかいいようがなくて。
えー!いいことがこんなに続いてる!って思ったし、だからすごくありがたくて、さっきスーパームーンに手をあわせて『ありがとうございます』ってお礼を言っておきました。
きっとこの流れを作って導いてくれた誰かに、この感謝の気持ちが届くと信じて。

ちょっと考えて動くとか、動き始めたことには逆らわないとかっていうのは本当に大事なことなんだな、と同時に、それでいい流れになったら感謝する気持ちをそれ以上に大事にしないといけないんだな、と思う今日このごろなのでした。

井戸の中の蛙にならないように

昨日、ホームプールじゃないところで尚且つ川口じゃないところの練習会に参加してきました。
自分のホームプールでだって練習はできるんだから、それでいいじゃないかと言われてしまえばそれまでなのですが、でも世の中は広くて、速い選手はいくらでもいる。そういう人たちがどういう練習をしてるのか、速くなるのにはどういう練習をしたらいいのかを知る、という意味でもいろいろな環境で練習するのは、とても大事だと思っています。

そんなわけでマスターズスイミングでもトップクラスの人たちが集まって練習をしている、ということなので、せっかくお声掛けいただいたので練習に参加してきました。

まあね、レベルが違いますから、その人たちとまるっきり同じ練習メニューっていうのはできませんけど、でも近いメニューはこなしてきました。

とにかく大変でしたよ、量が多いから。
でもやっぱり速い人はそれなりに練習をしているわけだし、私なんかまだまだ甘いんだなあ…というのもわかりました。
それがわかっただけでもよかったし、分かったからこそ、これからまだまだ練習していかないといけないんだな、という気持ちになりました。
のんべんだらりと練習してたってダメなんですね。
もっとちゃんとやらないと。
そういう刺激をもらっただけでもよかったです。

これから秋のシーズンが始まりますが、しっかり練習していい大会にできるように頑張ります!

会津旅行

まんまとシルバーウィークを満喫しちゃってる今日このごろですが、日帰り旅行に行ってきました。

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…というわけで、会津若松に行ってきました。
東日本大震災があってから、仙台と盛岡には行ったのですが、実は福島に行くのは初めてで。
なかなか福島って行く機会がないんですよね、仙台なんかよりもずっと近いのに。
で、なぜ今回この時期に福島に行ってきたかというと、現在、ここ企画展示で、蒲生氏郷を取り上げているからです。
藤堂高虎と並んで私の大好きな戦国武将のひとりが、この蒲生氏郷です。
彼は織田信長の娘の冬姫を妻にもらい、信長の親族として名を連ねていた人物で、眉目秀麗、頭脳明晰、勇猛果敢な人物だったそうです。
そして利休七哲のひとりに名を連ね、高山右近と同じくキリシタン大名となった人。
当然、信長亡きあと天下の覇権を握った秀吉から恐れられ、嫌われて(なんなら毒までもられて)会津に飛ばされ(一応名目は伊達政宗の監視役ですが)ましたが、でもその会津に七層天守の鶴ヶ城を築城し、街割をし、経済産業を発展させて、後まで続く会津若松の土台を築いた人物です。
会津にきた殿様って、案外悲劇的な人が多いですよね。
蘆名氏に始まり
伊達氏(芦名を滅ぼして会津を手に入れたが、北条討伐に遅参した、といういちゃもんを付けられて領地召し上げ)
上杉氏(関ヶ原までは52万石の大大名でしたが、その後家康によって米沢転封)
蒲生氏(氏郷を始め子供も孫も夭折。蒲生3代で会津統治は終わる)
加藤氏(治めだれなくて藩を幕府に返上)
保科氏(2代将軍秀忠の弟。保科正之が統治。本人は相当本家に嫌われたので、ねじ曲がって絶対の幕府への忠誠を誓わせる)
松平氏(幕末会津動乱に巻き込まれたのは保科氏のせい(笑)藩は斗南へ。苦労しまくった時代を過ごす)

…会津ってなんかある?(笑)

まあそんなこんななわけですが、話を蒲生氏郷に戻します。

現在の会津若松の町割りの殆どはこの氏郷統治時代になされたもので、その後多少手は加わりますが、お城もずっと同じ場所にありました。
会津漆器、会津の清酒。そのようなものを奨励し、産業を発展させたのもこの人です。
にもかかわらずほとんど資料がないのは、当人が朝鮮出兵だとかなんだとかで国元にいないことが多かったためでしょうね。それにコンプレックスのかたまりのような秀吉に嫌い抜かれて、資料もあまり残ってないんだと思います。
それでもとりあえず、この場所に大阪城のような七層の天守があったそうです。
石垣も野面積みの荒いのがよく残っていて、こんなにじっくり会津若松城をみたのも初めてな気がするわけです。

そして初めて、といえば。

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その蒲生氏郷のお墓にも行ってきました。
会津若松市役所のすぐ近く、繁華街の裏手にひっそりとそれはあって(そもそもお寺がかなり規模を縮小されていた感じでした)人もあまり来ないんですかね。
ここには遺髪があるだけのようですが、それでも大きな五輪塔が立っていました。
北日本最初のキリシタン大名なのに五輪塔、というのもいかにも彼らしいな、と思うわけですが、やっぱり会津は松平と幕末がメインなんだな、と改めて思いました。
でも、氏郷はここで信長の楽市楽座のような『十座』という市を設けていたりもしたそうです。
ただの坊ちゃんじゃなく、良き治世者であったことも伺えます。

お天気もよくて非常にいい旅でした。

でも市内の街中に大隈町や双葉町の仮設移設地、の看板があって、それが福島の今であり現実であるんだと、改めて実感しました。
震災から4年以上が経過し、震災の復興にも本当に地域格差が大きく出てるんだな、と改めて実感してきました。
震災被害、というとどうしてもそれこそ宮城とかあっちのほうに目が行きがちですが、本当に大変で、本当に復興が遅れているのは福島のほうなんだということを実感してきました。
その復興事業の一貫で『ARASHI BLAST in Miyagi』が開催されているわけですが、会津若松にもブラストグッツを持った人が何人もいました。
そこから東京に戻る、という話をしていた人もいるので、仙台から福島で遊んで帰る人なのかな、と。
でも、それこそが大事なんじゃないかな、と思ったわけです。
そうやってちゃんといろんな意味で被災地のことを忘れないでいて、たとえ日帰りの観光でもいいから東北を訪れて、遊んで帰ることも、大事なのかな、と。
忘れとことと忘れないことの溝は深くて遠いけれど、きっとどこかで埋められる場所はあって、忘れることも忘れないことも、どちらも大事なんだと言える時がくるのではないかな、と思いました。

そうそう。
駅からちょっと行ったところにおいしいベーグルのお店があったし、おしゃれなカフェもありました。
結構素敵に整備されてるし、だけどまだまだ見てないところもたくさんあるので、また会津にも行きたいですね。
行けば行くほどに発見がある。
旅はするめのようなものです。
かめば噛むほど、味がでる、みたいなね。
だからまた、行きたくなる。
だからまた、旅にでる。
電車に乗って城にいく。

いい秋の1日でした。

そうそう。
初めて目の前で動いてるこの方にもお目にかかりましたとさ。

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撮り鉄が群れる気持ちがよくわかりました。
これははまるわな、だってこんなにかっこいいんだもん。
力強くてどきどきしました!
プロフィール

あきよ

Author:あきよ
中世日本史研究家。
マスターズスイマー。
出会う人に笑顔と勇気と力を与える存在。

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